九州大学小児外科の腸管不全治療について教えてください
SBS(短腸症候群)と小腸運動機能不全の治療のポイント
現在、当院では、短腸症候群(Short Bowel Syndrome:SBS)の患者さんを10名、小腸運動機能不全の患者さんを10名診療しています。SBSはすべて小児の患者さんですが、小腸運動機能不全では小児期より中心静脈栄養(Total Parenteral Nutrition:TPN)と経口摂取で栄養管理をしている30歳代の方がいらっしゃいます。殆どの症例が在宅静脈栄養(Home Parenteral Nutrition:HPN)に移行しています。
栄養管理をTPNのみにすると肝臓に負担がかかるので、少しでも腸が使える場合は経口栄養または経腸栄養を併用することが大切です。
以前、ヒルシュスプルング病類縁疾患の方で、TPNのみで栄養管理していた患者さんがいたのですが、重度の肝機能障害をきたし、小腸・肝臓同時移植に頼らざるを得ないような状態になりました。しかし、当時は小腸・肝臓同時移植は一般的ではなく、手術の適応とはなりませんでした。
腸管不全 〜 SBSと小腸運動機能不全の違い

腸管不全は、大きく分けて、"物理的"に腸が短くなってしまったSBSと、腸はあるものの動いていない、もしくは動きが非常に悪い小腸運動機能不全に分けられます。
腸管不全では、腸が動くか動かないかがとても重要です。腸が動かなくなると便が常に腸管内に溜まっている状態となり、腸内で菌が増殖しさまざまな悪影響を及ぼします。
SBSは"物理的"に腸が短い状態ですが、残存小腸は動いていますから、小腸運動機能不全と比べて経腸栄養は導入しやすいです。
当院では、SBSでは60kcal/体重を基準に、経腸栄養剤や成分栄養剤などを使いながら、栄養管理をしていきます。そうすることで、あまり肝機能障害を起こさずに、身長・体重を少しずつ増加させることができます。
SBSの原疾患は、中腸軸捻転が一番多くみられます。中腸軸捻転は腸が固定されずに捻じれてしまう状態で、広範囲の血流が障害されるため緊急手術の適応となります。ただ、たとえわずかでも残った小腸には蠕動がありますから、機能的には期待できます。そこで、薬剤治療として腸管絨毛高を延ばして吸収能力を上げる薬剤の開発導入が進んでおり、また外科手術としては腸管に互い違いに切れ込みを入れて短冊状にする腸管延長術(Serial Transverse Enteroplasty Procedure:STEP)が広く行われるようになってきています。このように、残された小腸をいかに上手く使うかがとても重要です。
一方、小腸運動機能不全はヒルシュスプルング病並びにその類縁疾患に代表される疾患で、慢性特発性偽性腸閉塞(Chronic Idiopathic Intestinal Pseudo-obstruction:CIIP)と巨大膀胱短小結腸腸管蠕動不全症(Megacystis Microcolon Intestinal Hypoperistalsis Syndrome:MMIHS)は難病指定になっています。MMIHSは腸がまったく動かないため、放っておくと常に便が溜まっている状態になります。そうすると、腸内細菌が異常増殖し、粘膜バリアを通過し血流を介して肝臓に入り込み、肝臓にダメージを与えて肝硬変に移行します。
MMIHSでは、腸管延長術をしてしまうと腸管の通過時間が長くなり、さらに便が溜まってしまいますから、SBSとは逆に、敢えて腸を短くして腸の中に物が溜まらないようにします。また、人工肛門を作り、便が出やすくなるような手術を付加的に行います。
腸管アダプテーションを促す
腸管切除後、栄養素の吸収が十分行えなくなると、残った腸管は絨毛高を延ばしたり腸上皮細胞を増やしたりして、栄養素や水分を吸収しようとします。これを腸管アダプテーション(腸管順応)と言います。
SBSでは、絨毛や陰窩に働きかけて吸収能力を上げる薬剤を使用することで腸管アダプテーションを促進する試みが始まっています。腸管アダプテーションが進めば、より早くTPNからの離脱が可能になります。
しかし、小腸運動機能不全では、腸管アダプテーションを促したとしても、腸管の運動機能自体が改善しない限りよくなりません。そこで外科的介入(移植)を検討し、その際、肝機能障害があれば小腸・肝臓同時移植になります。私たちの成績では小児における肝臓移植の生着率は90%ですが、一般的に小腸移植の生着率は低いのが現状です。移植後は免疫抑制剤やステロイドを使用して経過をみます。
小児外科チームと栄養サポートチーム(NST)の連携
患者さんに対する栄養管理指導は、病院の栄養サポートチーム(Nutrition Support Team:NST)が一緒に指導にあたります。入院中は、医師、看護師、栄養士、薬剤師がチームを組んで、長期間TPNをしている患者さんや、栄養サポートが必要な患者さんを回診しています。成人患者のチームが2つ、小児患者のチームが1つで定期的に回診を行っています。退院の際は、患者さん本人のほか、家で患者さんの面倒をみる人、患者さんが小児の場合は基本的に母親に指導しています。
腸管リハビリテーションはTPN離脱へのカギ
腸管リハビリテーションは、腸管の吸収能力を上げ、栄養投与経路を経口栄養・経腸栄養に移行することが目的で、腸管不全治療のゴールドスタンダードになっています。
TPNに他の栄養経路を合わせて管理し、小腸を使えるようになるまで3ヵ月~6ヵ月、長い方は1年に及ぶ場合もあります。個人差がありますし、SBSの場合は残った小腸の長さによっても腸管適応の期間に違いがでます。したがって、患者さん個々の状態に合わせたTPNや経腸栄養(輸液量、カロリー配分など)を見出すことが、TPN離脱への第一歩になります。そして、患者さんの状態が安定し、家に帰っても問題ないと判断できれば、HPN(Home Parenteral Nutrition:在宅静脈栄養)への移行を考慮します。
小児SBSの治療 〜 難渋する点
カロリー摂取量の決め方
子どもの治療で一番難渋することは、子どもは成長過程にあるということです。体重や身長をプロットして観察し、成長曲線に乗るようにならなければ自宅に帰すことはできません。
最近は、TPNのカロリー摂取量について60kcal/体重を上限としています。それ以上になると肝臓に負担がかかりますから、60kcal/体重をベースに経腸栄養をプラスして、肝機能障害を起こさないように注意しながら成長を見ていきます。その匙加減が非常に難しく、身長・体重曲線の-2.0 SDの下限に入るくらいにして、あまり無理をしないようにしながらカロリーを上げていきます。
HPNへの移行
残っている小腸が長ければ、比較的早く安定期になりHPNへの移行も早まりますが、そうでない場合はやはり時間を要します。残存小腸が短い場合は、経腸栄養の適応が難しくSTEPの適応となります。しかし、術後1ヵ月くらいはなかなか腸管が動かないことがありますから、そこからじっくり構えて肝臓を悪くしないようにして、何とか自分の腸を使える状態までもっていきます。そして、身長・体重が増加し、肝機能障害のない状態になったら、あとは親御さんに器具の使い方などを教えて、ようやくHPNへ移行となります。長い道のりですが、その後の管理や治療が軌道に乗れば、学校に行くことも可能ですし、成長して就労している方もいらっしゃいます。
社会的サポートについて教えてください
公費負担医療制度の現状
成人SBS患者さんをサポートするために
SBS は2014年の調査で195例が確認されていますが、その7割以上が小児SBSです。SBSは小児慢性特定疾患(小慢)の認定を取ることができました。ただし、小慢がサポートするのは、患者さんが20歳になるまでです。20歳を超えて成人になった方には、医療費助成制度が受けられる制度として、身体障害者に対する医療費助成制度があります。ただし、都道府県によっては、医療費助成があるのは身体障害者手帳1級だけで、3級、4級は対象にならない場合もあります。都道府県に関係なく、20歳を超えて成人になった方の経済的負担を軽減するには、指定難病の認定が必要になります。
指定難病は、第1次実施分(110疾病)、第2次実施分(196疾病)と順次指定がなされており、合計306疾病が対象となりました。(注:その後24疾患が追加となり2017年4月時点で330疾患)。今年第3次実施分の告示があったのですが、候補には挙がったものの、残念ながら認定はされませんでした。現在、第4次実施分の募集に再度申請中です。
指定難病は収入に応じて決められる、負担上限月額があります。したがって、治療費の全額が助成されるわけではありませんが、それでも患者さんの経済的負担はかなり軽減されると思います。すべての腸管不全の患者さんの負担を軽減するためにも、指定難病の認定が取れるよう引き続き活動していきます。
新しい治療法への期待について教えてください
新しい治療法stem cellへの期待

SBSは、積極的な経腸栄養の導入や新しい薬剤の開発、またSTEPなど外科的処置がありますから、治療への道筋が見えてきています。一方、小腸運動機能不全については、まだ長期的展望が立っていないというのが現状です。
腸の蠕動には神経節細胞が深く関わることがわかっていますが、ヒルシュスプルング病並びにその類縁疾患は、神経節細胞そのものが少ない「数」に問題があるものと、神経節細胞はあるが「機能」に問題があるものに分かれます。われわれの研究チームは、神経節細胞の「数」が少ない患者さんを対象にしたstem cell治療を開発しています。動物実験においては、神経節細胞の「数」の少ないマウスに培養した歯髄幹細胞を注射し、神経節細胞が増加して腸管蠕動がよくなることを確認しました。
現在は臨床応用を目指して、患者さん本人の歯髄幹細胞を静脈注射で患者さんに戻し、神経節細胞を増加させるプロジェクトを進めています。来年(2018年)には1例目に着手し、3例実施することを目標に準備を進めているところです。これが成功すれは画期的な治療になります。小腸運動機能不全をもつ患者さんにとって福音となるような治療となればと思っています。