兵庫医科大学IBDセンターの特色を教えてください

左:池内浩基先生 右:中村志郎先生
池内:現在までの内科通院患者数は約2,000名、手術数は約2,500件です。他の専門施設よりも、難治性や重症例の患者さんの紹介が多いことが特徴だと思います。内科では、白血球除去療法や抗サイトカイン療法・栄養療法などを積極的に行っています。外科では、潰瘍性大腸炎のJ型回腸嚢肛門吻合術や、クローン病の複雑な瘻孔症例、難治性の肛門部病変の治療などに力を入れています。
炎症性腸疾患(特にクローン病)手術の現状を教えてください

池内:外科での手術数は年間120~130件です。基本的には、外部の施設から来る患者さんも全部手術適応の状態ですし、院内で消化器内科から消化器外科に来る患者さんはすでに手術歴のある人です。
中村:内科は、初診の患者さんが結構いらっしゃいます。当センターの内科単独でも、1年間の新規患者数は500名弱で、内訳は潰瘍性大腸炎が200~250名、クローン病が200名弱です。その内、発症後すぐに受診しているのは、潰瘍性大腸炎が60名、クローン病が30~50名です。
治療の状況は生物学的製剤の登場により変わりました。それ以前は、クローン病は初診でまず入院して、中心静脈栄養(Total Parenteral Nutrition:TPN)を1~2ヵ月することが一般的でしたが、最近は生物学的製剤を用いて外来で治療するようになり、長期入院はかなり減少しています。
池内:しかし、手術数は以前とそれほど変わりありません。手術数が減らない理由の一つは、それだけ患者数が増えているということです。この10年間で潰瘍性大腸炎やクローン病の患者数はおよそ倍になっています。ただ、クローン病は重症化しているので、そういう点で手術手技が難しくなっていると言えるかもしれません。
中村:やはり生物学的製剤を早期から使った患者さんを母集団とすると、以前に比べて手術率は減少していると思います。しかし、クローン病を発症して長期に治療している患者さんを含めて検討すると、手術率は以前とそれほど変わっていません。
クローン病患者さんのSBSの術後管理のポイントを教えてください
クローン病が原疾患の予後について
池内:クローン病を原疾患としないSBSのほうがリカバリーできる患者さんが多いのが現状です。それは、クローン病は肉眼的に炎症を認めなくても腸管の機能が低下していることが多いからです。そのため、できるだけ腸管を長く残すようにすることが求められます。クローン病以外を原疾患とする場合では、残存小腸の長さがSBSの予後の指標となる場合もあると思いますが、クローン病の場合は、長さに加え機能面にも留意する必要があります。
中村:確かにクローン病以外の、例えば腸管壊死で切除した人の残存腸管は比較的良好です。しかし、クローン病患者では、残存小腸に肉眼的な病変を認める場合や、病変がなくても炎症腸管が少なからず残っています。また、クローン病を原疾患とするSBSのほうが、ストーマになる率も高いです。半数くらいの患者さんでは栄養分の摂取は経腸剤で可能ですが、ストーマの排液が非常に多いため、水分と電解質の管理ができずに在宅中心静脈栄養(Home Parenteral Nutrition:HPN)になるケースがとても多いです。ですから、「栄養障害のある患者さん」と「水分と電解質に問題がある患者さん」で比べてみると、後者のほうがHPNの割合が多いかもしれません。ストーマがある患者さんでは、排液がそのまま大腸を通り、水分が再吸収されないため多量の消化液と腸液が出てしまいます。ですから、クローン病の患者さんの場合、手術後の予後が悪く腸管順応は難しい場合が多いと思います。
感染症対策

池内:クローン病では感染症の発現率が非常に高く、基本的に埋め込み式の静脈ポートは使っていません。何回も入れ換えると狭窄ができ、血栓の問題も出てきます。どうしても入れ換えを希望される患者さんには、感染症の問題などを説明した上で使用する場合がありますが、基本的にはブロビアックカテーテルを用い、3ヵ月に1回交換をしています。そのほうが、万が一感染を起こしたとしても、抜管も治療も簡単です。CVポートで感染を起こすと抜去だけで手術が必要になりますし、さらに反対側に入れるときの手術が必要になります。よって、患者さんの負担が大きくなるので基本的にはやらないことにしています。治療は長期になるので、やはり利便性よりも感染の問題を一番に考えるべきです。
感染症対策はいろいろ指導していますが、患者さん自身のパーソナリティーの問題が大きく影響してきます。きちんと管理できる患者さん、管理しても感染してしまう患者さん、管理していないのに感染しない患者さん⋯と、個人差がとても大きいのです。中でも、アトピー性皮膚炎の患者さんは、皮膚の細菌種と数が多く、感染率が高いので注意が必要です。
中村:私も患者さん自身の管理能力と体質には注意しています。また、生物学的製剤による治療を行っている患者さんでは、皮膚病変や感染症発現リスクが高くなる傾向があるため、より注意が必要です。
肝機能障害対策
中村:感染以外では肝機能障害に気をつけなくてはなりません。HPNで肝機能の数値が上昇した患者さんに対しては、脂肪乳剤で総カロリーを補い糖質を抑えたり、非アルコール性脂肪性肝炎(Non-Alcoholic Steatohepatitis:NASH)の場合は総カロリーを抑えるなどの対応をしています。また、血糖値変動の問題を考慮し、点滴導入時と離脱時に急激な変化とならないように注意したり、点滴を行わない時間を設けるなど、糖の代謝にも留意しています。やはり、肝機能の数値を見ながら、患者さんの状態に合わせて指導することが大切だと思います。
HPNを行う患者さんへの指導
中村:夏場、特に屋外で仕事をされている人は腎前性腎不全を起こす場合もあります。腎障害の既往がない場合でも、SBSになって腎前性腎不全→慢性腎障害→腎不全というプロセスを辿ることが結構あるため要注意です。また、脱水から脳幹梗塞を起こした人も経験しています。ナトリウム、カリウムはある程度経口補水できますが、マグネシウムは補給方法が点滴しかありません。SBS患者さんはマグネシウムが減っているケースが多く、点滴で補い痙攣を防ぐようにしています。
池内:クローン病によるSBS患者さんの場合、HPNの継続が必要となることが多いです。HPNを始める患者さんには、患者さんご自身の管理が重要となりますが、きちんと栄養管理をすれば、勤務形態や職場の理解を得て、輸液バッグを持参しながらお仕事を続けることもできることを説明しています。
内科と外科の連携はどのようにされていますか

池内:クローン病の場合、発症後ほとんどの人が手術を経験しています。ですから、IBDに関しては、内科診療は他の消化器疾患よりも外科との連携が必須と言えます。
潰瘍性大腸炎も非常に増えています。そのうち3~4割が難治例で、何らかの理由で手術の必要がある状態にあります。最近はがんを併発する患者さんが増えており、内科だけでは十分な医療的対応がとれない疾患となっています。
中村:潰瘍性大腸炎は、最近がんの発生が多いですね。異形上皮とがんで手術する患者さんが3割くらいいます。
池内:日本ではIBDの専門施設は少なく、内科と外科が連携して専門診療をしている機関は非常に限られています。そのため、当施設に紹介で来院される患者さんも多くなっています。
中村:われわれ内科から手術のために外科に移した患者さんは、術後、内科に戻ります。外部の施設からご紹介いただいた場合の多くは、元の施設にお戻ししています。
池内:潰瘍性大腸炎の場合は、回腸嚢炎という問題を除けば、特別な治療が必要ではないこともあり、術後も外科で診る患者さんが多いです。しかし、クローン病の場合は、手術後に再燃するケースが多く、術後管理が重要となります。
中村:やはりクローン病の場合、再発を念頭に置き、長期的なリスクを考えなくてはなりません。ですから、患者さんにとって、内科・外科の両方で治療できるというのは大きなメリットだと思います。
池内:内科・外科では、毎週月曜日の夕方に合同カンファレンスを行っています。内科側からいろいろ相談を受けて手術適応かどうかを判断するという場合が多いですが、術後に内科へ移る場合もあります。そういう意味で、外部の施設よりも内科と外科の連携は緊密に行っており、それらが治療成績の向上につながっていると思います。
これからのSBS治療への期待
池内:生物学的製剤が登場して、状況は大きく変わりました。しかし、内科では、腸管合併症の形成を抑制して腸切除を回避するよう治療介入するのが従来のコンセプトであり、SBSになってしまった患者さんに関して状態を改善させる治療はなかなかできませんでした。さらに新しい治療の選択肢が増えることは期待が持てます。
中村:この10年でクローン病治療は大きく変わりました。SBS治療において日進月歩の治療法に期待しつつ、感染対策に傾注して栄養管理を行い、再燃をできるだけ抑え、患者さんがよりよい生活を送れるように治療に取り組んでいきたいと思います。